「舞台裏」で公演を支えるスタッフたちの「技術」をお伝えする本コーナー。今回は、KAATカナガワ・ツアー・プロジェクト(演出:長塚圭史)やKAATキッズ・プログラム2023『くるみ割り人形外伝』(作・演出:根本宗子)、KAATキッズ・プログラム2024『らんぼうものめ』(作・演出:加藤拓也)などで舞台監督を務められた竹井祐樹さんにご登場いただきます。演出家たちとともに舞台をつくり上げる舞台監督のお仕事についてお話を聞きました。
聞き手・文 : 山﨑健太 写真 : 大野隆介(*を除く)
―舞台監督という仕事について教えてください。
作品ごとに、あるいは人それぞれでも内容にかなり幅のある仕事なので、一概に「こうです」とはなかなかまとめづらいんですけど、舞台監督の基本は舞台の進行と安全管理です。稽古が始まる前から本番が終わるまで、それぞれの段階で様々な仕事がある。例えば稽古環境を整えたり、美術家のプランを演出家の要望も踏まえて具体的にどう劇場空間に落とし込むかということを一緒に考えたり、ツアーの段取りを組んだり。劇場に入ってからは全体の進行を指揮しつつ、俳優やスタッフの安全に気を配る。“キュー出し”といって本番中に開演や場面によって必要な音響・照明の変化、大道具の転換の合図を出しているのも舞台監督です。そういう意味で、舞台監督というのはスタッフを取りまとめるポジションではあるのですが、僕の考え方としては“スタッフのリーダー”ではないんです。偉い人は誰もいない。あくまでみんな同じ並びで一つの作品をつくる。そういうスタンスを大事にしています。
ブロードウェイなどの海外だと、舞台監督は舞台の進行と安全管理だけが多いんです。劇場の仕込みは舞台監督の仕事ではなく、技術監督というそれを担う専門のスタッフがいる。一方で日本の舞台監督は、仕込みの陣頭指揮はもちろん、現場によっては演出助手の役割を兼ねることもあったりと、良くも悪くも幅広い仕事を担っています。一人がやっているからこそまとまること、無駄がなくなることもいっぱいあるんですけど、仕事としては一人の負担が重すぎるかなと思うこともあります。安全管理を担うということは、万が一何かが起きたときにはその責任を負う立場にあるということで、その責任の重さもあります。
―舞台作品をつくり、上演するために舞台監督がなくてはならない存在だということがよくわかりました。そんな幅広い仕事を担う舞台監督ですが、どんな資質が必要だと思いますか ?
まずは落ち着いて物事が見られること。一方で、反対のことを言うようですけど、あまりきちっとしていない人の方がいいと思います。仕事上、きちっとしてないといけないからこそ、抜きどころがわからないと続けていけない。そういう匙加減ができる人の方が、向いているように思います。舞台監督には破天荒な人も意外と多いんですけど、破天荒な割にきちっとしたことをやっている、固くなりすぎない、そういうアンバランスさみたいなものが大事ですね。固くなりすぎない、肩肘張らなくていい空気をつくれるというのは舞台監督にとって重要な資質だと思います。
僕は、自分のもとについて支えてくれる演出部が「楽しかった」と感じられる現場にしたいんです。若い時には、ほかのスタッフとぶつかってしまうこともあったんですけど、そういうギスギスは俳優にも伝わってしまったりする。でも演出部が楽しそうにしていたら、現場全体も明るい雰囲気になって、それがいい作品をつくることに、ひいてはお客さんに楽しんでいただくことにもつながるはず。最近はそう思って真面目に、でもゆるく楽しくやろうみたいなスタンスでやっています。
―舞台監督のやりがいを感じるのはどういうときですか。
舞台の進行、安全管理が基本だということは揺るがないんですけど、舞台監督というのは演出家がやりたいことをかたちにする仕事だと思っています。だからこそ、時に演出に踏み込んだアイデアを出したりもする。舞台監督の領分を越えていると言われることもありますが、それを面白がってくれる人もいて、そうやってアイデアを出し合うことで制約のなかでやりたいことが実現できたり、時に演出家の最初のアイデアを超えるものを生み出せたりすることにはやりがいを感じます。
そういう仕事の仕方をしているからなのか、僕は演出家の方から直接、スタッフとして名前を挙げていただくことも多いです。KAATキッズ・プログラム2024『らんぼうものめ』を担当することになったのも、作・演出の加藤拓也さんと、劇団た組『ドードーが落下する』や『綿子はもつれる』などでご一緒していたからだと思いますし、KAATカナガワ・ツアー・プロジェクトを担当することになったのも長塚圭史さんの作品で演出部として参加していたからだと思います。
舞台の進行や仕込み、大道具に関する知識や技術だったら僕より素晴らしい仕事をする方はたくさんいますし、それがメインの仕事なのであれば、僕でなくてもいいとさえ思っています。それくらい、舞台監督として作品の内容に関わりたいという気持ちは強い。それが舞台監督としての自分の強みでもあると思っているので、そういうスタンスはこれからも大事にしていきたいですね。
―KAATでの仕事についてお聞きできればと思います。先ほどの話でも挙がったKAATカナガワ・ツアー・プロジェクトでは、竹井さんは2022年の第一弾『冒険者たち~JOURNEY TO THE WEST~』、2024年の第二弾『箱根山の美女と野獣』『三浦半島の人魚姫』の両方で舞台監督を務められました。
KAATカナガワ・ツアー・プロジェクトはどちらも、西遊記やおとぎ話に神奈川の土地の話や歴史を取り入れた、いろいろな土地を旅する物語になっています。そういう壮大な旅を、舞台作品としてどのように表現するのかという面白さと大変さがありました。一方で、作品自体が神奈川県内各地をツアーで回っていくということがコンセプトでもあるプロジェクトなので、それをどれだけ簡素なセットで実現するかということも考える必要がある。演出の長塚さんがやりたいことと美術の長峰麻貴さんがやりたいこと、ツアー先の各劇場の舞台の広さの違いなど考えなければならないことはたくさんあって、そのバランスをどうとっていくのか。僕らの仕事はお客さんに気づかれないことが一つの正解だったりもするので、なかなか成果に気づかれないというところはあるんですけど、例えば舞台美術一つとっても、バラバラにして持っていったツアー先でも使いやすいように、大小様々な工夫をしているんです。大変な仕事でしたけど、県内各地に作品を届けるというのは公共劇場として素晴らしい企画で、大変な分、やりがいのある仕事でもありました。
―KAATでは2023年のキッズ・プログラム『くるみ割り人形外伝』でも舞台監督を務められました。作品に取り組むにあたって、特に意識していたことはありますか。
『くるみ割り人形外伝』では、台本に書かれた幻想的な出来事をどう人の手で実現していくかということを大事にしていました。舞台、芸術への愛を感じる作品でしたし、それが演劇の面白さだと思うので。例えば手紙が飛ばされる場面では、最初はいくつかのギミックを試したんですけど、最終的には、登場人物の「踊り子」の手で手紙が飛ばされる表現をすることになりました。ほかにも舞台美術として空間を囲んでいた布を活かして、嵐の場面では人力で幕を揺らしたり、手持ちの懐中電灯で影を映し出したり。音楽が生演奏だったので、スタッフとしてもその日のノリに合わせていくということは大事にしていました。そういうアナログな部分が作品の味になっていると思います。
舞台監督
竹井祐樹[たけい・ゆうき]
玉川大学芸術学部卒業。(株)STAGE DOCTOR 所属。小劇場からホール公演まで主に演劇作品の舞台監督を務める。近年の参加作品に『らんぼうものめ』(加藤拓也演出)、『漸近線、重なれ』(小沢道成×一色洋平演出)、KAAT カナガワ・ツアー・プロジェクト(長塚圭史演出)など。