2023年下半期のキッズプログラムをふりかえる

2023年も夏休みの始まりを合図に、神奈川県内の多くの文化施設で、子どもとその家族を対象とする数々のキッズプログラムが開催されました。2023年下半期に開催されたイベントからいくつかをふりかえります。

文 : 住吉智恵(アートプロデューサー / RealTokyoディレクター)

2023年の夏、横浜にある神奈川県立の3館(KAAT、県民ホール、音楽堂)では同時期にキッズプログラムが開催されました。

KAATキッズ・プログラム2023のスタートを飾ったのは、欧州を拠点に活躍するダンサー・振付家 伊藤郁女(かおり)による新作ダンス作品『さかさまの世界』。伊藤は出演者と共に劇場近隣の幼稚園と幼保園を訪れ、自作の紙芝居をもとに集めた子どもたちの「ひみつ」を作品に織り込みます。子どもの想像力が世界を逆さまに変え、傷ついた世界を金継ぎのような輝きに変えるのではないか、と伊藤は本作の創作意図を語っています。

KAATではこのほか、演劇、音楽、ダンス、歌舞伎の楽しさを一度に味わえるミュージカル『くるみ割り人形外伝』、演劇界の重鎮・白石加代子が主演を務めた演劇作品『さいごの1つ前』の2作品が上演されました。

県民ホールでは2023年も8月にオープンシアターが開催されました。ホールでは午前中、オルガンとピアノの違いを体感するコンサートとトーク「くらべてみよう!オルガンとピアノのちがい2」を開催。午後は、「くるみ割り人形」の原作童話を舞台化したダンス劇『マリーの夢』が上演されました。開演前には舞台で使われるキャンディーを作るコーナーがロビーに設けられ、事前に公募された子の名前が劇中で呼ばれたり、終演後のステージで出演者と踊ったりと豊富な参加プログラムが用意されました。またロビーでは造形ワークショップが開かれ、子どもたちがつくった色とりどりの「窓」がガラス面に飾られました。

音楽堂では7月に、子どものための音楽堂「せかいはともだち!」と題するイベントが開催されました。日本語・中国語・韓国語・英語・ポルトガル語で書かれたチラシに誘われ、様々なルーツをもつ観客たちが集まり、各国の多様な音楽を通して異なる文化に触れる一日を過ごしました。

「せかいはともだち!」と同じ日、お隣の横浜能楽堂では「伝統文化一日体験オープンデー」が開催されました。子どものみを対象にしたイベントではありませんが、能楽に興味はあるけれどまだ観たことがない人にとって、謡(うたい)や仕舞(しまい)の鑑賞ガイドや和楽器のワークショップ、舞台裏見学などのプログラムを通じて能楽の魅力を知る貴重な機会となりました。太鼓演奏を初めて体験する子どもたちの真剣なまなざしが印象的でした。

また横浜市民ギャラリーでは、1965年から続く展覧会「横浜市こどもの美術展2023」が7月に開催されました。市内の12歳以下の子どもたちから絵画作品を募集し、今年のテーマ「夏」部門、「自由テーマ」部門、合わせて1,386点が集まりました。併せて地下展示室で開催された、「こどものためのコレクション展『いろのいろいろ』」では、「色」をめぐる多角的な視点から所蔵作品を紹介しました。近年注目される対話型鑑賞に親しむきっかけとなる好企画です。 

いずれのプログラムも丁寧に練り込まれ、形式や知識より先に、体験的に創作の現場に参加することを重視した内容で、子どもたちの直感力を信じていることが伝わりました。「体験」する機会の格差が問題視される今、手の届きやすい芸術鑑賞が、子どもにとって熱中できることを発見する機会の創出につながることに期待します。

写真 : Masayo

KAATキッズ・プログラム2023

『くるみ割り人形外伝』

内気で自信をもてない少女が、相棒のうさぎのぬいぐるみと共に繰り広げる一夜の冒険を描く本作は、作・演出を根本宗子、音楽・演奏を姉妹デュオ、チャラン・ポ・ランタンの小春が手がけました。同性カップルの二人のパパなど今日的問題をサラリと盛り込み、誰もが個々のアイデンティティーに誇りをもつべきであることを時に切実に訴える物語は、子どもはもちろん、生きづらさを感じている人すべてに刺さったでしょう。


会場 | KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
日程 | 2023年8月5日~13日
主催 | KAAT神奈川芸術劇場
公式サイト

写真 : 宮川舞子

KAATキッズ・プログラム2023

『さいごの1つ前』

作・演出を松井周、主人公を白石加代子が務める本作は、天国と地獄の分かれ道で居合わせた人たちが、天国行きの条件である「最高の思い出」を求めて失いかけた記憶を探るお話。それぞれの生き地獄で奮闘してきた事情が語られ、あの世とこの世が接続する世界が立ち現れます。芸術は生者と死者の境界を混淆(こんこう)させ、対話の糸口さえ生み出します。事前ワークショップで子どもたちが創作した“すてきな地獄”の発想には無敵の自由がありました。


会場 | KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
日程 | 2023年7月21日~24日
   (新型コロナの影響で7月23日~24日は中止)
    他5劇場にて上演(8月26日まで)
主催 | KAAT神奈川芸術劇場
公式サイト

写真 : ヒダキトモコ

子どものための音楽堂

「せかいはともだち!」

日本と関わりの深い各国の音楽に親しむイベント。鮮烈な爆音とうねる中国獅子。しなやかに舞う韓国伝統打楽器チャング奏者。楽園感あふれるブラジルのサンバダンサー。ホワイエでは自国の文化を語る「いろいろなくにの はなし」に耳を傾ける観客の関心の高さに驚きました。「せかいはともだち ! 」と銘打ったこのイベントが定番となり、異なるルーツをもつ人々が隣人として尊敬し合うマインドセットが世界に広がることを希求します。


会場 | 神奈川県立音楽堂
日程 | 2023年7月29日
主催 | 神奈川県立音楽堂
公式サイト

写真 : 金子愛帆

KAATキッズ・プログラム2023

『さかさまの世界』

国際的に高く評価され、自身も子育て中の伊藤郁女が手がけた本作は、この苛烈な世界と疲弊した大人たちを救ってくれるのは子どもの想像力ではないか、という祈りから生まれました。子どもたちが打ち明けた“ひみつ”と出演者たちのアイデアを織り込みながら紡がれたのは、筋書きのないカオティックで魔術的な世界観の芽吹き。客席に向かって開かれた4人の身体を通して、伊藤の発するポジティブな刺激を脳より身体で受けとめる舞台でした。


会場 | KAAT神奈川芸術劇場 大スタジオ
日程 | 2023年7月1日~9日
主催 | KAAT神奈川芸術劇場
公式サイト

写真 : 飯野高拓

オープンシアター2023

ダンス劇「マリーの夢」

作・演出・振付を熊谷拓明、演出補を中村蓉が務めた本作は、チャイコフスキーのバレエ「くるみ割り人形」の原作で、子どもにはちょっと怖いダークな幻想の物語を舞台化したスタイリッシュでテンポの良いダンス劇。バレエでは様式の陰で不可視化されている寓意性が、本作ではおしゃれな舞台の周辺にふわりと焚きしめられました。勘のいいオマセな子どもなら、不格好なクルミワリの勝利に込められた意味を感じとったかもしれません。


会場 | 神奈川県民ホール
日程 | 2023年8月19日
主催 | 神奈川県民ホール
公式サイト

Share this
Key phrase

Latest Feature

つくり、届け、つないできたもの——神奈川県民ホール...

県民とともに歩み、世代を超えて愛されてきた県民ホ...
spot_img

Recent articles

関連記事