未曾有のパンデミックも収束へと向かいつつあった2023年の下半期。神奈川県内のホールでは、オーケストラや室内楽、オペラなど、国内外の名演奏家たちによる多彩なプログラムが展開され、コロナ禍前のような盛り上がりを取り戻しました。
文 : 八木宏之(音楽評論)
9月20日に音楽堂で開催された『庄司紗矢香 音楽とことば 未来への回帰』は、音楽、文学、演劇がオペラやミュージカルとはまた違ったかたちで共存した公演でした。世界のひのき舞台で活躍するヴァイオリニストの庄司紗矢香が、日本演劇界の鬼才、平田オリザと待望のコラボレーションを実現させ、ショーソンの《コンセール》の楽章間に平田による演劇が挟まれるユニークな舞台が披露されました。ショーソンの官能的で色彩豊かな響きと、日本の地方都市に生まれた人々の心のスケッチという、一見混じり合わないもの同士が互いを引き立て合い、まったく新しいコンサート体験を与えてくれました。
長い歴史と伝統を誇る日本フィルハーモニー交響楽団の横浜定期演奏会は、2023年で50周年を迎えました。古今東西の名曲を味わえるバラエティー豊かなプログラムや、音楽評論家によるわかりやすいプレトークなど、誰もが親しみやすい内容で長年愛されてきた日本フィルの横浜定期。10月21日に横浜みなとみらいホールで開催された公演では、日本フィルの首席指揮者に就任したばかりのカーチュン・ウォンが指揮台に立ち、ブラームスの交響曲第1番のエネルギッシュな熱演を聴かせてくれました。プログラムの前半には、今最も注目を集める若手ピアニストの一人である亀井聖矢が登場し、ショパンのピアノ協奏曲第1番の繊細で抒情的な演奏で聴衆を魅了しました。
国際音楽都市神奈川には、海外からもオーケストラが次々とやって来ます。そうしたオーケストラの来日公演もコロナ禍では途絶えていましたが、2023年はウィーン・フィルハーモニー管弦楽団やベルリン・フィルハーモニー管弦楽団をはじめとする世界の名門オーケストラが県内のホールで演奏会を行いました。11月4日に横浜みなとみらいホールで開催されたセミヨン・ビシュコフとチェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会では、チェコ・フィルの十八番であるドヴォルザークの交響曲が披露されました。2018年からオーケストラを率いるビシュコフは、情熱的な指揮で知られる巨匠ですが、濃密なサウンドを誇るチェコ・フィルとの相性は抜群で、ボヘミアの風景が目の前に浮かび上がるような立体的な演奏を実現していました。
2025年に開館50周年を迎える県民ホールは、その節目を祝うオペラシリーズを継続しています。大きな反響を巻き起こした『浜辺のアインシュタイン』に続き、2024年10月にはイタリアの作曲家、サルヴァトーレ・シャリーノのオペラ『ローエングリン』が上演されます。シャリーノとはいったいどんな作曲家で、『ローエングリン』とはいったいどんな作品なのか。そうした疑問に答えるプレイベント「シャリーノ祭り」が11月18日に県民ホールで開催されました。イベントは「祭り」の言葉どおり盛りだくさんの内容で、『ローエングリン』の指揮者、杉山洋一と演出家の吉開菜央を招いたトークや、イタリア、ウンブリア州にシャリーノを訪ねるドキュメンタリーの上映のほか、ヴァイオリニストの石上真由子、フルート奏者の山本英、打楽器奏者の安藤巴によるシャリーノ作品の演奏など、1年後の『ローエングリン』上演へ、大いに期待を高めるものとなりました。
シリーズ「新しい視点」
『庄司紗矢香 音楽とことば 未来への回帰』
瀧口修造の詩の朗読に始まり、武満徹、ドビュッシー、ヴェルディと続いた演奏会前半も、ことばの余韻から音楽が生み出される美しい時間となりました。ピアニストのベンジャミン・グローヴナーの繊細なタッチはドビュッシーやショーソンのようなフランス音楽にふさわしいもの。ヴェルディの弦楽四重奏曲で圧巻の演奏を聴かせたモディリアーニ弦楽四重奏団の凝縮されたアンサンブルは、後半のショーソンでは音楽を支える柱となりました。
会場 | 神奈川県立音楽堂
日程 | 2023年9月20日
主催 | 神奈川県立音楽堂
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日本フィルハーモニー交響楽団
第391回横浜定期演奏会
この日の演奏会に貫かれていたのは青春の息吹。亀井聖矢の紡ぐショパンはみずみずしさにあふれ、フレッシュな躍動感が強く印象に残りました。ブラームスの交響曲第1番は、ブラームスが20年以上もの歳月を費やして書き上げた力作ですが、カーチュン・ウォンはオーケストラから適度にリラックスした響きを引き出し、音楽の自然な流れのなかで、若いエネルギーに満ちたブラームスの肖像を鮮やかに描きだしました。
会場 | 横浜みなとみらいホール
日程 | 2023年10月21日
主催 | 日本フィルハーモニー交響楽団
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セミヨン・ビシュコフ
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
セミヨン・ビシュコフとチェコ・フィルが横浜公演のために選んだのは、ドヴォルザークの交響曲第8番、第9番《新世界より》という交響曲2曲の重厚なプログラム。チェコ・フィルの名手たちが奏でるドヴォルザークの慈愛に満ちた旋律の数々は、私たちに東欧のオーケストラを聴く喜びを教えてくれました。アンコールにはドヴォルザークの《スラヴ舞曲》第2集第2番とブラームスの《ハンガリー舞曲》第1番も演奏され、横浜みなとみらいホールはスラヴの熱狂に包まれました。
会場 | 横浜みなとみらいホール
日程 | 2023年11月4日
主催 | ジャパン・アーツ
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舞台芸術講座 神奈川県民ホール開館50周年
記念オペラシリーズ vol.2 『ローエングリン』関連企画
「シャリーノ祭り」
戦後のイタリアを代表する作曲家、サルヴァトーレ・シャリーノを徹底的に掘り下げるこのイベントのハイライトは、なんといっても若手音楽家たちによるシャリーノ作品の演奏でした。とりわけイベントの最後を飾った石上真由子による《6つのカプリチオ》は圧巻の名演で、たった一挺のヴァイオリンから満天の星のような広がりを生み出すシャリーノの魔法に、会場の誰もが心を震わせました。シャリーノの魅力と真価を音楽ファンに知ってもらうというイベントの目的は果たされたといえるでしょう。
会場 | 神奈川県民ホール 小ホール
日程 | 2023年11月18日
主催 | 神奈川県民ホール
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