コロナ禍においてなお、県内各地で未来に向けて可能性の種をまく試みが様々に工夫を凝らしながら行われています。
2022年上半期に実施された教育普及プログラムをふりかえります。
文 : 山﨑健太 (批評家・ドラマトゥルク)
新型コロナウイルス感染症の感染拡大は芸術文化のありように大きな制限を課し、携わるすべての人々に大きな影響を与え続けています。現在進行形で表れている影響はもちろん、これから生じてくる影響のすべてを本当の意味で知ることはほとんど不可能なほどです。しかしだからこそ、未来に向けて可能性の種をまく教育普及の重要性はより増しているといえます。困難な状況においてもなお変わらず、あるいは様々に工夫を凝らして実施された県内のプログラムを紹介します。
KAATでは2022年3月に「KAAT舞台技術講座」を実施。舞台技術の知見を共有し、より豊かな創作を実現することを目的に、劇場の開館から毎年開講されている講座です。今年は「『舞台で働くすべての人に共通理解を』~劇場等演出空間の運用および安全に関するガイドライン~実践編」として「Howto施設とカンパニーとの打ち合わせ~作業現場における安全管理の基本~」と「高所作業をイチから学ぶ」の二つのプログラムが実施されました。上演や創作に携わる様々な人が集まるこの講座は、単に知識を伝達するのみならず、悩みを共有し意見を交換する場にもなっています。
長く続く取り組みがある一方で、新しい取り組みも。2021年4月に就任した長塚圭史芸術監督は劇場を「ひらいて」いくことを掲げ「KAATフレンドシッププログラム」を展開。その一環として開催された「タイムトラベルツアー マイナスY163」の参加者はかながわ考古学財団の天野賢一さんをガイドに、アトリウムや劇場の周辺を巡りながら、163年前の横浜港開港の時代に思いを馳せます。かつて山下居留地として外国商館が建ち並んだ場所にKAATは建っていて、すぐ隣にはその遺構もあります。劇場を通して横浜という土地のことを知り、横浜という土地のことを知ることで劇場により親しむ。ツアーには「子ども版」や「聴覚に障がいがある方向け」の回も設けられ、より多くの方に「ひらかれた劇場」を体現したプログラムとなりました。
大規模改修中の横浜美術館は「やどかりプログラム」として近隣施設のPLOT48に「宿を借り」、ワークショップやレクチャーなどを継続的に実施しています。新型コロナの影響でしばらくはオンラインでの開催が続きましたが、2022年1月からはようやく実地での開催も。こども造形研究家のこいちりょうじさんによる「ハートグラム~自分のハートの重さを立体作品にしてみよう!~」やシュールレアリスムの画家たちが制作に使った技法「デカルコマニーを体験しよう!」、美術館オリジナルのキットを使った「木の車をつくろう」や日ノ出町のアトリエで活動するアーティスト・伊東純子さんによる「着物地でつくる花」など多彩なラインアップが並びます。横浜美術館ではスタッフが市内の施設を訪問し、レクチャーや体験講座を届ける「横浜[出前]美術館」という活動も行っています。こちらは休館期間中に市内の18区すべてを回る予定。2022年には金沢区でのレクチャー「横浜を代表する日本画家 下村観山の生涯と作品」や南区でのワークショップ「モノタイプ版画に挑戦!」などが実施されました。
音楽分野では音楽堂が県内の小中学校等にアーティストを派遣するアウトリーチを継続して行っています。2021年度からは「先生のためのアウトリーチ」がスタート。現場の先生方の声も取り入れながら、子どもたちと音楽とのより良い出会いのための、アーティストならではの工夫を先生に届けます。2022年2月には「お箏の指導法」のレクチャーが行われました。若手アーティストの育成も教育の重要な要素です。音楽堂では音楽の概念そのものをも転回する新鮮なアイデアを3人の企画委員の審査によって選ぶ「紅葉坂プロジェクト」が始動。企画の公募からワーク・イン・プログレス(制作途中の作品の公開プレゼンテーション)とそれに対するフィードバック、そして本公演までがセットになったプロジェクトです。Vol.1では3組のアーティストが選ばれ、弦楽器と電子音響、ドローイングサウンドパフォーマンス、そして「響き」の探求と三者三様の取り組みを披露しました。
急な坂スタジオは、稽古場の運営などアーティストの創造支援に力を入れています。コロナ禍で「アーティストたちの活動の場がなくなってしまう」と危機感を感じ、稽古場が見つからず困っているアーティストをサポートする新事業「急な坂アトリエ」を開始。上演がままならず稽古場の利用を行えないアーティストの相談に乗ることにも注力し、公演といった目に見えるところだけではないバックアップは、アーティストたちにとって心強いものだったでしょう。また、地域の親子連れがアートに触れられる機会をなんとかつくりたいと、6月に「急な坂アトリエ」に参加した山下恵実によるワークショップを企画。様々なかたちでアーティストを下支えしました。
ひと口に教育普及といってもその対象は生徒、先生、社会人、アーティスト、技術者などと様々。芸術文化の豊かさというのはそのようにして支えられていくものです。神奈川の地にまかれた未来の可能性はどのように育っていくでしょうか。
KAAT 舞台技術講座
新型コロナの影響で施設と利用団体とが打ち合わせなければならない内容はますます増えています。【プログラムA】「How to 施設とカンパニーとの打ち合わせ〜作業現場における安全管理の基本〜」では利用団体と施設との事前打ち合わせを実際に再現。双方が確認したいこと、共有すべきことをあらためて確認しました。
会場 | KAAT 神奈川芸術劇場 ホール
日程 | 2022年3月24日〜25日
主催 | KAAT 神奈川芸術劇場
公式サイト
やどかりプログラム
「木の車をつくろう」は横浜美術館が開発したオリジナルのキットを使ったワークショップ。車輪のついた板に様々なかたちの木の破片をくっつけて色を塗り、自分だけの「デコ車」をつくります。子どもに人気なのはもちろんですが、大人にも好評のプログラム。社会人向けに使われたこともあるそうです。
会場 | PLOT 48 スタジオ
日程 | 2022年5月21日
主催 | 横浜美術館
公式サイト
先生のためのアウトリーチ
「お箏の指導法」
箏奏者の丸田美紀さんによるレクチャー。小学校4・5年生を想定した内容で、楽器の特性や演奏方法、実際に箏を使って演奏する際の指導法などを児童役の2人の奏者とともに実演を交えて解説します。レクチャーの様子は映像として記録・編集され、先生方に共有されました。
会場 | 神奈川県立音楽堂 ホワイエ
日程 | 2022年2月1日
主催 | 神奈川県立音楽堂
紅葉坂プロジェクト
Vol.1として選出されたのはkasane、ささきしおり、「音+音」の3組。加えてプラスアルファ企画として審査会では次点となったPAO-Cと西原尚の企画も紹介されました。各組の「音楽」はそれぞれまったく異なっていて、プロジェクトは「音楽」の懐の深さを示すショーケースにもなっていました。
会場 | 神奈川県立音楽堂
日程 | 2022年7月2日
主催 | 神奈川県立音楽堂
公式サイト