長引くコロナ禍において、神奈川の文化施設は地域と文化をつなぐ取り組みを行ってきました。
自分たちに何ができるのか、今ここで何をすべきなのか──県内の文化施設に焦点をあて、2021年度の活動をふりかえります。
文 : 河野桃子(ライター)
新型コロナの感染拡大によって、数々の公演が延期・中止になりました。その状況のなかでも、それぞれの文化施設が「自分たちは何ができるか」を試行錯誤しながら実践してきた一年でした。
県内の舞台芸術の大きな拠点であるKAATにとって、2021年は変革の年でした。4月に芸術監督を白井晃から長塚圭史に引き継ぎ、劇場にシーズン制を導入。4〜6月の「プレシーズン」には前年度に上演できなかったリーディング公演『ポルノグラフィ』や『未練の幽霊と怪物—「挫波」「敦賀」—』を上演した後、夏に「キッズ・プログラム」を実施。そして1ヶ月以上のインターバルを設けて心機一転し、ついに8月末にメインシーズン「冒(ぼう)」が開幕しました。1作目の『湊横濱荒狗挽歌〜新粧、三人吉三(みなとよこはまあらぶるいぬのさけび〜しんそう、さんにんきちさ。)』は横浜を舞台にアウトローたちの攻防を描き、「冒」の一文字に込められた“飛び出す、はみ出す、突き進む”を体現しようとする新作でした。2作目の『近松心中物語』は、“演劇界の金字塔”とも呼ばれた作品の演出に新芸術監督・長塚自らが挑みました。先行きが見えないなかでも、「冒」の名にふさわしいエネルギーを感じられる作品の数々が上演されました。今後のラインアップにも期待が高まります。
横浜の小劇場・STスポットは、劇場を「ひらけた場」にしようと9月に「オープンデー」を、10・11月にはダンサーのAokidと協働してパフォーマンス&ワークショップ「Play New Map City」を開催。いずれも、いわゆる上演というより、観客に関わってもらいながら創作することを大事にしていました。これは同劇場が長年重きをおいていた視点ですが、コロナ禍でより一層、観客との関係がもちづらくなってきたからこそ、あらためて劇場がアートを介したコミュニケーションの場となることを目指した企画です。ドローイング、イラスト、ダンスなど、子どもたちが楽しめる企画に加え、配信も行い、劇場を開こうという姿勢が感じられました。
横浜の民間アートセンターである若葉町ウォーフは、地域や近隣文化施設との関わりを大事にしてきました。新型コロナ拡大以後は「何があっても施設を閉めてはいけない」と考え、入場無料で誰でも入れる地域の「空き地」として施設併設の劇場を活用する「空き地プロジェクト」を展開、その一環として近隣で活動するアーティストたちに壁画を描いてもらうなど、工夫をしながら、継続して地域とアーティストを結ぶ試みを行っています。
急な坂スタジオは、稽古場の運営などアーティストの創造支援に力を入れています。コロナ禍で「アーティストたちの活動の場がなくなってしまう」と危機感を感じ、稽古場が見つからず困っているアーティストをサポートする新事業「急な坂アトリエ」を開始。上演がままならず稽古場の利用を行えないアーティストの相談に乗ることにも注力し、公演といった目に見えるところだけではないバックアップは、アーティストたちにとって心強いものだったでしょう。また、地域の親子連れがアートに触れられる機会をなんとかつくりたいと、6月に「急な坂アトリエ」に参加した山下恵実によるワークショップを企画。様々なかたちでアーティストを下支えしました。
そして、コロナ禍以降、客席数を半分に制限し続けているのが、神奈川県立青少年センターが運営する紅葉坂ホールとスタジオHIKARIです。青少年センターという性質上、生徒たちの安全を最優先すると同時に発表の機会を奪わないよう、青少年向けのものは入場者を限定して公開。高校演劇の県大会はマスクをしたままの上演としました。できる限り県域の文化芸術活動を支えるため、施設にとどまらずワークショップや研修会に出向いたりもしています。また、演劇やダンスの舞台上演を通して若手舞台芸術人材の発掘と育成を目指す年間プログラム「マグカルシアター」は、月に約1〜4団体が公演を実施しました。
どの施設でも、文化芸術活動を様々な方法で支え、安全を守りながら地域の方々に文化芸術に接してもらえるよう活動を積み重ねた一年でした。
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
『近松心中物語』
新たにKAAT芸術監督に就任した長塚圭史による演出にて上演。戦後を代表する劇作家・秋元松代の代表作である本作は、故・蜷川幸雄の演出により千回以上も上演され、“演劇界の金字塔”とも称されました。長塚は強い信頼を寄せる田中哲司らを出演者に迎え、あえてその壁に挑みました。劇場空間の細部にこだわり、芸術監督としての意気込みが伝わる公演でした。
会場 | KAAT神奈川芸術劇場 ホール
日程 | 2021年9月4日〜9月20日
他4劇場にて上演(10月16日まで)
主催 | KAAT神奈川芸術劇場
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STスポット
劇場を再発見する試みを実施した、STスポット。主催するオープンデーvol.1「場所と音楽-劇場でつくる-」を開催。作曲家の西井夕紀子をディレクターに迎え、ゲストアーティストが参加。さらに観客からも曲づくりのアイデアを募ったり、アーティストと観客が一緒に振付を考えたりした後、できあがった曲とダンスパフォーマンスを公開。観客とともに創作から発表までのプロセスをたどりました。
住所 | 神奈川県横浜市西区北幸1-11-15 横浜STビルB1
公式サイト
若葉町ウォーフ
(WAKABACHO WHARF)
地域の方々に劇場でアートを楽しんでもらう「まちなかギャラリー」は2021年で3年目を迎え、近隣で活動するアーティストの作品展示など、地域とアートを結ぶ企画を続けてきました。10月には500枚のマスク(お面)の土台を近隣に配布し、装飾を施してもらい展示するプロジェクト「マスクの逆襲」の第2回を実施。イベント「関内外OPEN!」にも出張参加し、地域のイベントとして定着しつつあります。
住所 | 神奈川県横浜市中区若葉町3-47-1
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急な坂スタジオ
演出家・振付家の山下恵実による子ども向けワークショップ「こどものあそび場/おどり場」(写真は同内容で埼玉の秩父宮記念市民会館で行われたもの)は、「急な坂スタジオ」が行う「急な坂アトリエ」の一環です。スタジオ内の一室を特別料金で提供するなど制作・創作にかかる様々なサポートを行い、子ども向けワークショップを開催する企画です。小学生以上を対象にした無料参加のワークショップでは、子どもが参加する様子を親が見学することができ、閉塞感のあるコロナ禍でも子どもが楽しむ姿を見守ることができる場をつくる試みでした。
住所 | 神奈川県横浜市西区老松町26-1
公式サイト
神奈川県立青少年センター
紅葉坂ホール・スタジオHIKARI
一年を通して若手舞台芸術人材の発掘と育成を目指す「マグカルシアター」を実施。ラインアップの一つである、趣向『パンとバラで退屈を飾って、わたしが明日も生きることを耐える。』は年末に上演され、閉塞感のある空間から、物理的に劇場の扉を開け放ち外へ出ていく様子は、コロナ禍から解き放たれんとする希望のようにも感じました。
住所 | 神奈川県横浜市西区紅葉ケ丘9-1
公式サイト