紀元前5世紀の古代ギリシャで誕生した西洋演劇。神話などを題材に、演技や音楽などの要素が早くから含まれていた芸術形式です。時代とともに、戯曲で描かれる主題や人間の姿は変化し、演出技術も発展していきました。戯曲の言葉は、何世紀にもわたり語り継がれる可能性があるテキストです。照明・音響・美術など様々な要素のなか、舞台の上に生身の人間が立つ。その身体が発する“声”によって戯曲の言葉を聴くことは、演劇の醍醐味の一つかもしれません。
KAATで数々の作品を上演してきた杉原邦生さんと、倉持裕さんの初タッグ、そして20歳の新進気鋭の音楽家・原口沙輔さんが初めて舞台音楽を手がけたことでも話題になった『SHELL』。創作のプロセスや、演劇・音楽を通して伝えるという営みについて、杉原さんと原口さんにお話を伺いました。
取材・文 : 山﨑健太
公演写真 : 引地信彦
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
SHELL
作 : 倉持 裕
演出 : 杉原邦生
音楽 : 原口沙輔
出演 : 石井杏奈 秋田汐梨
岡田義徳 ほか
日程 : 2023年11月11日~26日
会場 : KAAT神奈川芸術劇場 ホール
主催・企画制作 : KAAT神奈川芸術劇場
ABOUT
ある日、ビルの上階からマネキンが落ちてくる現場に遭遇した未羽(みう)は、同じくその場に居合わせた中年男・高木の顔が、同級生・希穂(きほ)の顔にも見えるという不可思議な体験をします。「あの中年男は確かに希穂だった」。混乱した未羽は翌日学校で「あそこで何をしていたのか」「あれはどういうことなのか」と希穂を問い詰めますが「そんなことは知らない」と突っぱねられてしまいます。しかし、やがて未羽のしつこさに根負けした希穂は事情を打ち明けることに。その「事情」は驚くべきものでした。実は世界には複数の姿を持った人間が一定数いて、希穂もその一人だというのです。希穂には高木のほかにも盲目の老女・長谷川としての姿もあり、それぞれに関係を持つことなく別々の人生を送ってきました。しかし、それを見抜く能力を持った未羽が現れたことで、無関係だったはずの人生は交わりはじめ——。
「貌(かたち)」をシーズンタイトルに掲げた2023年度の劇場プロデュース作品にふさわしく、もし複数の顔を持って生きる人がいたら?という“ if ”の世界を描いた本作。私たちの現実とは少しだけ、しかし決定的に違う世界を通して浮かび上がってくるのは、人と人との関わり合いをめぐる問題です。テクノロジーの発達やSNSの普及で急速に変化する私たちのコミュニケーションは世界をどう変えていくのでしょうか。
対談
原口沙輔
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杉原邦生
―音楽を原口さんにというのは杉原さんのご希望だったと伺いました。
杉原
《平成終わるってよ》という曲を初めて聴いたのが2018年のことでした。その時、肩の力が抜けているというか、歌詞がしゃべり言葉の延長みたいな感じで入ってくるのがすごく新鮮だった。それで、こういう音楽家が舞台の音楽をやったらどうなるんだろう、いつかご一緒したいと思い続けていたんです。今回の『SHELL』が高校生の物語だということで、世代が近い人にしかキャッチできない感覚も入れたいと思って、これは原口さんにお願いするチャンスだなとご依頼しました。
原口
色々なジャンルがあるなかで、演劇のお話をいただいたのは意外だったんです。でも、演劇って音が流れてその場で生で俳優の皆さんが動くものですよね。これは面白いぞと思って快諾しました。もともと僕は、何か作品に触れると、自分のなかで勝手に音をつけてしまう癖があるんです。だけど、例えば小説を読んで、テーマソングをつくりましたって勝手に出すのはちょっと違うなという気持ちもあって。だから、こうやって依頼されて、台本を読んでそこからつくった音楽を堂々と出せるというのは、僕にとってすごくありがたい機会でした。
―舞台と普段の音楽活動とでは取り組み方は変わってきますか?
原口
全然違いますね。自分の曲でも名義によって違うんです。SASUKEの時は自分のことは歌ってない。世の中で起きている色々な出来事を取り入れたり、世の中に生きている色々な人間が一つになってつくった曲みたいなのをつくりたいと思ってやっています。本名の原口沙輔の時は自分の気持ちのままの歌詞や音を出してる。他人に何かを話す時って、わかってもらうために頭の中にあるものを整理してから口に出しますよね。でも、そうやって口に出す前の心の動きみたいなものをそのまま出したいと思って曲をつくってるんです。人に曲を提供する時はまた別で、その人に憑依するようなつもりで書いています。その世界に入ってつくるという意味では今回の劇伴も近いところがあるかもしれません。
『SHELL』の世界というのは僕たちが今生きている世界と似てはいるけどだいぶ違う。そういう世界の音楽というのは、僕たちが聴くとやっぱりちょっと違和感があると思うんです。今回はそういう全体のイメージを枠として設定してから、杉原さんのオーダーに応えるかたちで個々の曲をつくっていきました。例えば音とかメロディーとか、最初につくったテーマ曲の素材をほかの曲でも使うことで、全体に共通の雰囲気をもたせるということもしています。
杉原
演劇って音楽性がすごく大事だと思っていて、僕はどんな作品でも全体で一曲の音楽みたいなつもりでつくっているんです。だから、組む音楽家で作品が大きく変わってくるし、稽古も音響さんがいないと具体的なイメージがつかみづらい。かつての演劇は聴く芸術でした。ギリシャ悲劇の劇場はものすごく広くて、後ろのほうの席からだと俳優は豆粒くらいにしか見えません。それでも、台詞は遠くまで届くように設計されていた。ロンドンのグローブ座だってスタンディングで、観客はライブみたいにシェイクスピアの台詞を聴きに来ていたわけですよね。
現代の演劇は色々な要素で見せられるようになってるから、音楽性は一番じゃない。それでも、音楽によって俳優の動きも台詞の言い方も変わってくるし、逆に俳優がどういう台詞を言ってその音楽が流れるかによって伝わるイメージも変わる。そうやって全部が組み合わさったところに生まれてくるものが演劇の面白さだと思うんです。
原口
僕は今回、本番を見て、お客さんの前で音が鳴ることでようやく作品が完成したなと思ったんです。僕がつくった音が作品のほかの要素と合わさることで、舞台の上で想像以上のものが生み出されていた。また一緒に舞台の仕事もしたいですね。
杉原邦生 すぎはら・くにお
東京都出身、神奈川県茅ヶ崎市育ち。2004年、プロデュース公演カンパニー“KUNIO”を立ち上げ、これまでに『エンジェルス・イン・アメリカ』『ハムレット』『グリークス』や太田省吾作品を鮮烈に蘇らせた『水の駅』『更地』などを上演。2018年(平成29年度)第36回京都府文化賞奨励賞受賞。近年の主な作品にCOCOON PRODUCTION 2022 / NINAGAWA MEMORIAL、ホリプロ『血の婚礼』、歌舞伎座『新・水滸伝』、木ノ下歌舞伎『勧進帳』、PARCO PRODUCE 2024『東京輪舞』などがある。
オフィシャルサイト
原口沙輔 はらぐち・さすけ
愛媛県出身。2歳からダンス、5歳からGarageBandで作曲を始め、10歳でニューヨークのアポロ・シアター「アマチュアナイト」に出場し、⽇本⼈最年少で優勝。14歳の頃、原宿での路上ライブがSNSで拡散、注⽬されメジャーデビュー。新しい地図joinミュージック、郷ひろみほかアーティストへの楽曲提供、テレビ番組やCM曲の提供、東京2020パラリンピック閉会式出演および⾳楽制作を担当。『SHELL』で初めての舞台音楽を手がける。
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