多様な価値観を伝えたい――
古楽の精神に学ぶことは多い
オペラ、歌曲、古楽といったクラシック音楽からミュージカル、映画音楽まで、幅広いフィールドで活躍するバリトン歌手の加耒 徹さん。その柔軟な感性はいかにして育まれたのか、お話を聞きました。
聞き手・文 : 原 典子 写真 : 大野隆介
─音楽との出会いについてお聞かせください。
子どもの頃からヴァイオリンを習っていて、中高の部活ではオーボエやサックスを吹いていました。クラシック曲を吹奏楽の編成で演奏するクラブだったので、オーケストラには自然と興味をもつようになりましたね。一方で、実家が教会付属の幼稚園をやっていたので、オルガン伴奏で讃美歌を歌うことは身近でしたし、家では父が好きだった現代音楽が流れていたり。ジャズの演奏もしましたし、あらゆる音楽に垣根なく触れていたおかげで、今でもいろいろなジャンルのコンサートに行くのが好きです。
―そこから、歌の道に進んだ理由は?
音楽を仕事にしていきたいと思い、音大受験のために高校時代から歌を習いはじめました。ですから正直なところ、「歌手になりたい!」という強い気持ちで始めたわけではないんです。大学ではドイツ歌曲を勉強し、大学院を修了する時に二期会オペラ研修所に入って、同時期にバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)でも歌わせていただくようになって。様々な出会いに恵まれて、歌の世界にのめり込んでいきました。
—バッハを歌う時と、ミュージカルを歌う時とでは、意識は違うのでしょうか?
ミュージカルはマイクをつけて歌うのでテクニック的には違いますが、BCJで学んだ古楽の精神は、ジャズやロック、ミュージカルにも通じるものだと思っています。というのも、バッハというと厳格なイメージですが、実はすべての音を正しく合わせて演奏することが本来の目的ではありません。作曲された当時の古楽器で演奏する際、そもそも楽譜通りに音を100パーセント合わせるのは難しい面もあります。むしろ決めるところを決めつつ、自由に個性を表現するという魅力があると思います。
—古楽との出会いは、加耒さんにとって大きなものだったと。
そうですね。ミスが許されない今の時代、古楽の精神に学ぶことは多いのではないでしょうか。音楽に限らず、完璧を求め続けるだけでは燃え尽きてしまいます。それだけではない多様な価値観を、音楽を通して伝えることができたらと思っています。
加耒 徹(かく・とおる)
東京藝術大学大学院首席修了。
バッハ・コレギウム・ジャパン声楽メンバーとして、ソリストで活躍。
オペラでも、日生劇場『ドン・ジョヴァンニ』題名役、二期会『金閣寺』鶴川、『こうもり』ファルケ等で、好評を博す。
テレビ朝日「題名のない音楽会」、NHK「名曲アルバム」等出演。
最新アルバムは《A Time for Us -歌道 II-》。二期会会員。
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