自然災害や、人材の不足など、私たちの身近にある様々な課題を解決するため、神奈川県は「生活支援ロボット」の実用化と普及に取り組んでいます。2013年に国から指定された「さがみロボット産業特区」では、法令の規制緩和や実証実験のサポートを行い、生活支援ロボットの実用化を促進しています。神奈川県の担当者や、ロボット開発者の方にお話を伺いました。
取材・文 : 浦島茂世 写真 : 大野隆介
─さがみロボット産業特区とは?
私たちの生活には少子高齢化が遠因の人材不足や、地震や台風などで発生した災害の復旧作業など、様々な課題や困難があります。人間の活動をサポートする「生活支援ロボット」は、このような状況を変え得るもの。その実用化と普及を目指し、神奈川県は「さがみロボット産業特区」において、ロボットを開発するうえでハードルとなる法令の規制緩和を行ったり、実証実験などをサポートしたりしています。同特区は、さがみ縦貫道路(圏央道)周辺の相模原市から藤沢市まで全12市町を対象区域としたもの。日本には様々な「特区」がありますが、“ロボット”を銘打っているのは現在のところ神奈川県のみです。
このさがみロボット産業特区に参画する企業のひとつが、株式会社移動ロボット研究所です。同社は、東日本大震災の時に、東京電力・福島第一原子力発電所の原子炉建屋内に投入された先行探査型移動ロボットをはじめ、災害対応やプラントの保守点検を行うものなど、様々なロボットを開発する企業です。さがみロボット産業特区で開発した「コロナウイルス感染対策除菌ロボット」は、人による遠隔操縦と、自立移動機能をもつハイブリッド型の除菌ロボット。アフターコロナの社会でも、人材不足の解決に寄与できるロボットとして、これからの活用に期待が高まっています。
対談
神奈川県
(産業振興課)
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株式会社
移動ロボット研究所
進行 : (公財)神奈川芸術文化財団
「今後、生活支援ロボットはますますニーズが高まります。神奈川県では生活支援ロボットの開発だけではなく、その先に生まれる産業全体を盛り上げていきたいと考えています」と話すのは、さがみロボット産業特区を担当する神奈川県産業振興課の新堀友真さん。
「生活支援ロボットは、全世界的に注目が集まっている分野であると同時に、まだまだこれから市場規模の成長が期待される分野です。この特区からいち早く世界に羽ばたくロボットが生まれるよう全力でサポートしています」と、特区をロボット産業の国際的な中心地にするべく奮闘しています。神奈川芸術文化財団が運営する県民ホール、KAAT、音楽堂といった県立文化施設の現場でも、生活支援ロボットの導入を検討したことがあり、同財団は神奈川県の取り組みに興味・関心を寄せています。例えば演劇の舞台では、大道具の搬入や設置など力仕事も多くあり、スタッフの身体に負担がかかります。以前、介護の分野などで力仕事をサポートしてくれるパワードスーツが発表された時、劇場・ホールでも活用できるのではないかと、調べたこともありました。また、新型コロナウイルス感染症対策のために、舞台上からロビー、客席、稽古場や楽屋など、すみずみまで清掃・除菌しておく必要があり、アフターコロナのよりよい施設運営は文化施設における重要な課題です。
移動ロボット研究所の小栁栄次さんは、「現在開発中の『コロナウイルス感染対策除菌ロボット』は、感染症対策で増えた負担を軽減することもできるでしょう」と語ります。ロボットは、人を感知した時は床面のみを除菌し、無人の時は除菌力の強い紫外線ランプを壁面に照射するなど、状況に応じた働き方を自分で選ぶことができます。また、自動運転の技術を組み込んでいるので、その場所を学習しておけば、夜間、スタッフが休んでいる間に稼働させることもできるそう。「元々このロボットは、病院など、不特定多数の人が多く集まる場所の除菌を想定して設計されました。だから、劇場やホールなどでも活躍できるはずです」と小栁さん。現在、全国各地の劇場やホールの多くは、スタッフの手によってすみずみまで除菌を行っています。この作業をロボットが行うようになれば、スタッフはより高度な仕事に集中できるようになり、劇場やホールはより快適な環境になるでしょう。今後、ロボットが劇場やホールの特性を学習し、作業することで、より安心・安全でバリアフリーな環境をお客さまへスムーズに提供することも期待できそうです。
日本ではすでに、ファミリーレストランの配膳や、家庭やビル清掃などで、生活支援ロボットが普及しはじめています。小栁さんによると、今後、社会にはさらにロボットが進出するそう。「例えば、カメラとセンサー機能のあるロボットに、ホールや劇場の複数ある出入り口から空いているところを見つけてもらって、お客さまをそちらにすみやかに誘導してもらう。そんな誘導係ロボットが誕生する未来も来るかもしれません。今後、段差をなくす、通路の幅を広くするなど、人間はもちろんロボットの稼働も考える“ロボットフレンドリー”という考え方が広まっていくでしょう」とのこと。すでにある施設のなかには、人間に配慮するのと同じように、ロボットにも配慮した設計になっている場所もあるそうです。今後建てられる施設にも、設計の段階からロボットの稼働を考慮に入れていくことが、求められる社会になってきているのです。「人間が過ごしやすい環境はロボットも働きやすい。逆に言えば、ロボットばかり開発していても、ロボットを導入する施設や人がロボットにやさしくないと発展していかない。そのための環境づくりも合わせてバックアップしていきたいと考えています」と、神奈川県の山岡清志さんも展望を語ります。今年で11年目となる「さがみロボット産業特区」。ロボット化による省エネルギー化は、脱炭素に寄与する側面もあり、これからの社会により必要とされていくでしょう。ここから生まれる新しいロボットが、未来を変える一助となるかもしれません。