舞台芸術が持続可能であるために

2023年3月、KAAT舞台技術講座特別編として「劇場がサステナビリティ(持続可能性)を考える〜環境に優しい舞台芸術」が実施されました。「人新世に生きるすべてのアーティストが、気候変動という緊急事態をめぐる議論に加わる義務がある」。講座で紹介されたイギリス人演出家、ケイティ・ミッチェルさんの言葉です。舞台芸術業界の課題と現状、KAATでの取り組みについて堀内真人事業部長に、そしてシアター・グリーン・ブックについて舞台美術家の大島広子さんに聞きました。

取材・文 : 山﨑健太

舞台芸術業界の課題と現状

KAATの講座で紹介された「シアター・グリーン・ブック」は、イギリス舞台業界における環境配慮の取り組みについてのガイドライン。幅広い舞台芸術関係者の議論によってまとめられ、2021年に発表されたものです。このガイドラインは舞台芸術のすべてのプロセス、あらゆる側面について、持続可能性を実現するための方法と、業界全体として達成すべき目標を具体的に記述した画期的なもの。今、世界中の舞台芸術関係者から注目を集めています。

都市部では毎日多くの舞台公演が行われていますが、そこで使われた舞台美術の多くは、公演が終わると廃棄されてしまいます。その一部を保管して再利用するような取り組みが行われることもありますが、保管場所や費用、また著作権の問題などもあり、常に実現できるわけではありません。今回の講座のファシリテーターで舞台美術家の大島広子さんは、このような現状をどうにかできないかと国内外の事例を調べていて、シアター・グリーン・ブックに出会いました。

イギリスではすでに、ナショナル・シアターなど複数の劇場で、劇場が組織としてシアター・グリーン・ブックに沿って作品の創作を進める取り組みが始まっています。舞台芸術の持続可能性を高めていくためには、業界全体としてそれに取り組むことが必要なのです。

講座のなかで大島さんは「今日から何ができますか?」と聴講者に問いました。そして①物、②輸送・移動、③エネルギー、「3つの減らす」を考えようと呼びかけます。「例えば舞台の現場で使っている養生テープの幅を50㎜から38㎜に変えるだけで、その行為を止めることなく、消費を24%減らすことができるんです」。

KAAT舞台技術講座特別編はYouTubeでも公開されています。ぜひご覧ください。
https://www.kaat.jp/news_detail/2222

KAAT舞台技術講座特別編「劇場がサステナビリティ(持続可能性)を考える~環境に優しい舞台芸術」ディスカッション「舞台芸術がサステナビリティに取り組むということ」ラウンドテーブルの様子。劇場スタッフや舞台美術の専門家など、舞台関係者が集まりました

KAATでの取り組み

KAATの堀内真人事業部長は「今後は公演を創作していく時に、環境への配慮ということが、例えば会場となる空間の大きさと同じくらい重要な条件になってくるでしょう」と言います。「長塚圭史芸術監督は、社会にひらかれた劇場を目指しています。持続可能性について考えることは、そういう劇場のあり方にもつながることだと思っています」。

では、具体的には劇場としてどのような取り組みが考えられるのでしょうか。「イギリスでつくられたシアター・グリーン・ブックを、そのまま日本の舞台芸術界に適用することは難しいかもしれません。でも、少し視点を変えてみると、すでに日本で実践されている取り組みもある」と堀内事業部長は言います。例えば、限られた予算でより豊かな表現を生み出すために、大道具に平台などの汎用資材を利用したり、小道具、衣裳をレンタルするなど、普段行っていることは、実は持続可能性を高めることともつながっています。「まずはこれまで劇場としてやってきたことを捉え直して、例えばどのくらいの物品を再利用・再使用しているのかを見える化することから始めてみてはどうかと。発信力のある公共劇場だからこそ取り組む必要があると思っています」。

一方で、大きな変化が必要とされる部分ももちろんあります。「劇場として、これまでも再演には積極的に取り組んできましたが、これからより一層、ものを捨てないことを考えると同時に、作品をやり捨てないことを考えていきたいと思います。そのためには、ものだけではなく人にコストをかけるという発想の転換も必要になってくるんだと思います」。

2023年夏に再演されたKAATキッズ・プログラム『さいごの1つ前』(2022年初演) 写真:宮川舞子

「シアター・グリーン・ブック」を日本に広めるために

~大島広子さんインタビュー~

KAATでの講座は大島さんが個人で開催したシアター・グリーン・ブックの勉強会をきっかけに企画されたものでした。勉強会には舞台美術家はもちろん演出家やプロデューサー、劇場スタッフ、環境の専門家など、舞台芸術に関わる幅広い職種の方が参加していたそうです。

「環境問題についてはあらゆるセクションを巻き込んで考えていく必要があります。その議論の土台としてシアター・グリーン・ブックがあることは大きいですね。これを基に、では日本ではどうするのかという議論を進めていくことで、業界全体としての合意も形成していくことができるはず。だからまず、これを広く知ってもらうところから始める必要があると思ったんです」

まずはシアター・グリーン・ブックの全文日本語訳を目指すという大島さん。並行してNPO法人を立ち上げ、シアター・グリーン・ブックの普及活動とともに舞台芸術における持続可能性に関する議論や調査研究も進めていく予定だと言います。

「舞台芸術業界における環境問題への取り組みがもたらす影響は、ほかの産業のそれと比べたら微々たるものでしょう。でも、人にメッセージを伝えるということに関しては私たちはプロです。だからこそ、私たち自身が環境問題に取り組み、それを発信していくことで社会に影響を与えることができると思うんです」

インタビューに応じる大島広子さん。リサーチでイギリスを訪問中、オンラインで
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