2024年3月、横浜美術館が3年に及ぶ改修工事を終え、「第8回横浜トリエンナーレ」でリニューアルオープンしました。
3年間の休館を踏まえて、神奈川県下の動きをふりかえります。
文 : 村田 真(美術ジャーナリスト)
今年上半期の一番の話題は、横浜美術館が3年に及ぶ改修工事を終え、「第8回横浜トリエンナーレ」でリニューアルオープンしたことです(ただし横トリ終了後、来年2月まで再び休館*1)。横トリについては後述するとして、まず3年間の休館について述べましょう。
この3年間(来年2月までだと4年間)、横浜市には総合的な美術館が一つもありませんでした。人口370万人を超える日本一の市に、まともな美術館が一つもないというのは異常事態です。そう思ったのは、今年初めにロサンゼルスを訪れ、横浜とほぼ同じ人口なのに大規模な美術館が5館も6館もあったからです。それが先進国の標準でしょう。もちろん横浜は東京に近いので、見たければ東京に行けばいいともいえますが、それでは独立した都市とはいえないし、「創造都市」の名が泣くというものです。
ちなみに川崎市も5年前に市民ミュージアムが水害に遭ってから休館中で、丘の上の岡本太郎美術館しかありません。だから東京に住む人たちはこの3年間、合わせて500万人を超える川崎・横浜の大都市圏を素通りして、三浦半島や湘南の美術館まで足を延ばしていました。今年上半期だけでも、横須賀のカスヤの森現代美術館でヨーゼフ・ボイス、葉山・神奈川県立近代美術館で吉田克朗、茅ヶ崎市美術館でフランシス真悟など、重要作家の個展が相次いで開かれています。
なかでも注目したいのが、箱根・ポーラ美術館で開催中の現代のフランス美術を代表するアーティストによる「フィリップ・パレーノ:この場所、あの空」展。箱根という場所性を生かしたインスタレーションが新鮮です。
ところで、横浜美術館ができるまでは、横浜市民ギャラリーと神奈川県民ホールギャラリーがその代役を担っていました。市民ギャラリーは駅から遠く離れてしまい、かつての勢いを失いましたが、県民ホールギャラリーは年1回すばらしい企画展を催しています。昨年末から今年初めの企画展は「味/処」というもの。
展示はともかく、残念だったのはぼくが会場にいた30分ほどの間、一人もほかの観客に会わなかったことです。個人的にはゆっくり鑑賞できたのでよかったのですが、これだけの力作がわずかな人の目にしか触れないのは実にもったいない。ぼくは東京在住なので県の広報は届きませんが、職場もアトリエも横浜にあるのに、この展覧会のことを知ったのは会期が始まってからのことでした。これは今回に限った話ではなく、毎年のことです。県民ホールはぜひ広報にも力を入れてほしいと思います。
さて、「第8回横浜トリエンナーレ」は、リニューアルオープンした横浜美術館全館を使っての開催です。展示室だけでなく、中央のグランドギャラリーや外壁まで作品に覆われているので、どこがリニューアルされたのかわからないほど。今回のアーティスティック・ディレクターは、中国を拠点とするリウ・ディンとキャロル・インホワ・ルー。彼らの掲げたテーマは「野草:いま、ここで生きてる」というもので、魯迅が100年前に書いた詩集に由来するそうです。
またこのテーマに合わせて、BankART1929と黄金町エリアマネジメントセンターでは、それぞれ「BankART Life7」「黄金町バザール2024」を開催。「アートもりもり!」と称して、みなとみらいだけでなく関内、ポートサイド、黄金町などの街なかに作品を展開し、にぎわいを与えていました。
*1
11月から一部施設オープン、2025年2月に全館オープン
「フィリップ・パレーノ : この場所、あの空」
ポーラ美術館といえば印象派のコレクションで知られますが、近年は現代美術の紹介にも力を入れています。パレーノは現代のフランス美術を代表するアーティスト。この展覧会のために構成した映像や音、バルーンなど多彩なメディアによるウイットに富んだ作品が見られます。アトリウム ギャラリーでは「HIRAKU Project Vol.16」と銘打って眼鏡や単眼鏡などの視覚装置に写真黎明期のイメージを焼きつけた鈴木のぞみの個展が同時開催されているので、見逃さないように。
会場 | ポーラ美術館
日程 | 2024年6月8日~12月1日
主催 | 公益財団法人ポーラ美術振興財団 ポーラ美術館
「味/処」
タイトルは、「味のある空間で、味のある作家の、味のある作品を」味わってもらおうという意味だそうです。普段展示に使わない通路や階段下などの空きスペースにとぼけた映像を流す倉知朋之介、堅牢な壁を支持体とするフレスコ画を頼りない綿布の上に描いてみる川田知志、薄暗く閑散とした大ギャラリーにひそかに光や音を配した今村遼佑など、味わい深い作品に出会えました。
会場 | 神奈川県民ホールギャラリー
日程 | 2023年12月17日~2024年1月27日
主催 | 神奈川県民ホール
第8回横浜トリエンナーレ
「野草 : いま、ここで生きてる」
魯迅が提唱した民衆のための木版画運動をはじめ、少数民族やアウトサイダーの絵画、様々なデモを捉えた映像、戦時下を生き延びた人たちの作品など、これまでのモダニズムの芸術観から外れる表現が集められていて、とても衝撃的でした。同時にこれらは、過熱するアートマーケットやエンタメ化する美術表現への反動とみることもできます。「アートとは何か、何のためのアートか」を考えさせられました。
会場 | 横浜美術館、旧第一銀行横浜支店、BankART KAIKOほか
日程 | 2024年3月15日~6月9日
主催 | 横浜市、公益財団法人横浜市芸術文化振興財団、NHK、朝日新聞社、横浜トリエンナーレ組織委員会
「アートもりもり!」
「野草」がテーマなのに横浜美術館内に集約しがちな横トリの展示を、もっと街に出していこうという企画。「BankART Life7」は「Urban Nesting : 再び都市に棲む」をテーマに、BankART Stationだけでなく、近くのポートサイド地区や関内の店舗やオフィスのロビー、路上にも作品を展開。「黄金町バザール2024」は「世界のすべてがアートでできているわけではない」をテーマに、主に元違法風俗店舗を改装したスペースで展示しました。
会場 | BankART Station、京急線日ノ出町駅・黄金町駅間の高架下スタジオほか
日程 | 2024年3月15日~6月9日
主催 | BankART1929、特定非営利活動法人黄金町エリアマネジメントセンター、初黄・日ノ出町環境浄化推進協議会など