1.獅子文六『やっさもっさ』

『やっさもっさ』(ちくま文庫、2019年)
獅子文六著 初版発行 : 1952年(新潮社)

登場する場所…山下公園 (横浜市・中区)

残された二人は、緩い足どりで、ニュー・グランドの横から、海岸通りへ出た。

山下公園の樹間に、赤や緑のデぺンデント・ハウスの屋根が見え、
入口には、白い鉄兜の男が立っていた。

「戦前は、この公園へ入ると、港内がよく見えたんだけど……。赤松さん、船を見てみたい?」

―『やっさもっさ』(p124)から

『自由学校』などの作品で一世を風靡した獅子文六は、1893年(明治26年)に弁天通りで生まれた生粋の横浜人です。群衆を生き生きと描くことを得意とした獅子は、本作で昭和20年代後半の横浜の“やっさもっさ”(大騒ぎ)を描きました。大空襲で市街地の多くを焼かれ、連合国軍に市の中枢を接収された横浜は、平和条約の発効によりやっと、本格的な復興への道を歩み出そうとしていました。

主人公は占領軍兵士と日本人女性の間に生まれた子どもたちの孤児院を経営する亮子。亮子を中心に、いかさまバイヤー、馬車道の街娼、そして横浜復興に挑む事業家たちが引き起こす騒動がシニカルで軽快な筆致で描かれますが、その行間には作者の横浜への愛がにじみます。戦争で変わり果てた故郷を悲しみ、新しい時代へ向かって動き出そうとする人々を応援する獅子の真情。これこそが、この作品の読みどころです。

作中、復興策の一つとして、根岸一帯を国際リゾート地として開発する“横浜のモナコ化計画”が登場します。計画をめぐる実業家たちの話し合いは、カジノ建設に及びますが、庶民がギャンブル依存症になることを警戒して「自国の国民は、絶対に入場させん。外国人だけに、金を費わせる……」と念押すあたり、現代のカジノを含む統合型リゾート(IR)誘致をめぐる諸計画と比較すると興味深いところです。

(県立神奈川近代文学館 野見山陽子)



文学座アトリエ。1950年の竣工より現在に至るまで、文学座の稽古場として、また前衛的実験的な作品を上演する「アトリエの会」を行う拠点として活動を続けている

獅子文六と演劇

獅子文六は演劇人・岩田豊雄(本名)としても活躍しました。大正末にフランスに留学し演劇を学び、帰国後には岸田國士、久保田万太郎らと文学座を結成。日本の新劇運動の発展に尽力しました。場面展開がはっきりしていてドラマティックな魅力に富む獅子の小説は、その多くが映画化されています。こうした小説の手法について獅子は、フランスで観たブールヴァール劇(大衆向けの喜劇)から学んだものが大いに役に立っていると述べています。

文学座 公式サイト



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